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  • 執筆者の写真: ThorouGraph
    ThorouGraph
  • 2019年12月31日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年1月9日

12月20日を過ぎて、ようやく雪が積もった。


それまでは「今年は雪が少ないですね。」と声をかけると

「こういう年こそドカっと来るよ。」

「1年で降る雪の量は毎年変わらないから。」

と、北海道で暮らす人々は自身の経験から話してくれた。

そしていよいよ目に映る景色も、冬らしくなってきた。


北海道に移り住んでむかえる2度目の冬。

年の瀬に、だんだんと色を失っていく景色を眺めていると

色彩豊かな自然に囲まれ過ごしてきたこの1年が思い返される。


白く覆われた冬から、春には色が戻りはじめ、夏にはその深さを増す。

秋には紅く焼け広がり、そしてまた色を失う。


春夏秋冬、まるで円を描くように。


思えば、この地に来るまでは、

毎年何か新しいことをと、自分が成長できるようにと、

直向きに、その言葉のとおり、どこかに向かって

直線を描くように生きてきた。


でも今は、

サラブレッドの生産・育成という、

1年のサイクルで馬や自然と向き合い続ける人たちと接し、

そのサイクルの中で仕事をするようになり、

僕もまた円を描くような生き方に変わってきたように感じている。


同じ円を描く人生は、退屈そうに見えるかもしれない。


ただ彼らはいつも、

「昨年より今年は、、、」

「昨年はこうだったから今年は、、、」と

昨年までの経験をもとに、新しいことをしている。


同じ円を描いているようで、

そこには1年また1年と経験が積み重なり、

上へ上へと螺旋を描いているように見えるのだ。


僕はこれから冬をむかえる度に、どのようなことを思うのだろうか。

少しでも上に登れているだろうか。

時には下に落ちていることもあるかもしれない。


それでも深く、そして強くなっていくのだと

馬産地・北海道が教えてくれている気がする。



 
 
  • 執筆者の写真: ThorouGraph
    ThorouGraph
  • 2019年6月29日
  • 読了時間: 2分

「あの時、何をしたのですか?」


マジシャンに種明かしをお願いするような質問をせずにはいられなかった。


馬のウォーキング動画を撮影する時、

厩舎スタッフが馬を曳いてカメラの前を左右に往復するのだが

馬が何かを気にして立ち止まったり、速歩になるのはよくあることだ。


その日も1頭の馬がある場所で繰り返し立ち止まり、スムーズな歩きがなかなか撮れない。

その様子を見ていた厩舎長が「少し時間をください」と、自ら曳き手となり数往復。

再び元のスタッフに戻して撮影を再開すると

今までが嘘みたいに、立ち止まることなくスムーズに歩いたのだ。


そこで出たのが冒頭の質問だった。


「馬が横にある厩舎の壁を気にしているように見えた。

 だから敢えて壁の近くを歩かせて、スタッフが反対側を歩き壁から離れないようにした。

 すると馬の力が抜けたのが伝わってきたから、『厩舎の壁は怖くない』と理解してくれた

 と思ったんだよ。」


馬は草食動物で常に安心を必要としている。

食べることができる安心、外敵に襲われない安心など。

集団行動する彼らには常にボスの馬がいて、

そのボスが移動する方向や速度をコントロールし、他の馬は安心を得ている。

だから人が馬の良きボスになることができれば、馬に安心を与えることができる。


馬をよく観察し、馬の気持ちを理解し、馬を適切に扱う。

手品でもなんでもなく、技術なんだと思った。


7月に入ると馬産地では1歳・当歳馬のセリのシーズンをむかえる。

セリのサイトでは数百頭ものウォーキング動画を見ることが可能だ。

人が馬を曳いて撮影されたものだが、『曳く』という言葉が当てはまらないほどに

馬は人の横に並んで、一緒に歩いている。



私が撮影した動画の人の手をよく見ると

曳き綱をあまり握らず手の平に乗せて親指で押さえたり離したりしている。


「鎖の重みを利用する感じ。あとは手首のちょっとした角度で僕の意図を伝えています」


馬は敏感な生き物で、適切な指示を日々与えていけば精度はさらに上がるという。


ウォーキング動画は馬の体形や歩様をチェックする為のものだが

少し目線を変えて人も含めて注目して観てほしい。

撮影だと理解して歩いている馬はそうそういないはずなのに

人と一緒に自ら進んで歩いている。


そこに存在する、言葉ではない馬と人の会話と、日々の積み重ねを想像してほしい。



馬と人は心を通じ合わせることができる、と僕は信じている。


 
 
  • 執筆者の写真: ThorouGraph
    ThorouGraph
  • 2018年12月17日
  • 読了時間: 3分

箸を持つ手が震え、蕎麦をまともに持ち上げることができない。


午前の撮影を終えて、恐縮ながら昼食をご馳走になっていた時のことだ。

なにも雲の上の御方が目の前にいて緊張していたわけではなく、

慣れない寒さに体が強張っていたわけでもない。

撮影が思いのほかハードで、右腕の筋肉が悲鳴をあげていたのだ。


撮影依頼はある牧場の代表からだった。

「小学生たちの通学路があまりに危険で、小学校の送迎バスが自分の牧場にも停まるよう

 要望を出したいので、危険な状況を伝えるVTRを制作してほしい。」

てっきり馬の撮影かと思っていたが意外な内容だったため、その詳細を訊ねた。


小学校から半径2km圏内の家に送迎バスは停まらない、というのがルール。

地図で見ると牧場は半径2kmより少し内側に位置している。

しかし実際の通学路は学校まで一直線なわけがなく2kmを超えているという。

頻繁に馬運車が通り、おまけに大型のミルクローリーやトラックも行き来する。

いわゆる産業道路で、歩道は整備されていない。

牧場スタッフは牧場敷地内の社宅や寮に住むことが多く、

来年小学1年生になる子供が2人いるのでなんとかしてあげたい、と。


そこでカメラを子供目線で構えて牧場から小学校までを実際に歩き、

真横を馬運車やミルクローリーが行き交う様子を撮影した。

距離を計測すると2.7km、撮影とはいえ大人で約40分の道のり。

3kg弱のカメラを手持ちで腰の位置あたりに固定して歩き続けた末に、

右腕の筋肉は悲鳴をあげた。

起伏もあり、雑草が生い茂り、車道を歩くこともあった。

晴天下での撮影だったが、雨が降ったら?冬の雪道は?

その過酷さは僕の想像を超えていた。


撮影前、牧場主は僕に

馬を撮るために北海道に来たのに、このような依頼をして大丈夫だろうか

と気を遣ってくださった。

もちろん、馬は被写体として僕を魅了している。

だけどそれと同じく、人と馬の関わりに僕は魅力を感じている。

人が馬を、馬が人を理解しようとする日々を見つめていると、

どれほど理解し合えているかは僕にはまだ分からないが、

そのような姿を目にすると心が動く。


生き物を相手にする仕事からか、

馬の仕事をする人たちの仕事と生活は、とても密接しているように感じる。

だからこそ、牧場主はスタッフの仕事以外のサポートを惜しまないし、

常に気を配っている。

少しでもそのサポートの力になれば、という気持ちで撮影に挑んだ。


北海道で馬の仕事をするということは、当たり前だが北海道で生活するということだ。

仕事と生活を分けて考える事自体が不自然ではないか、

当たり前のことをどう捉え、どう向き合うか、今回の撮影で学ばせていただいた。



後日、電話から聞こえてきたのは、

来週から送迎バスが牧場前に停まることになった、という喜びの声だった。



さあ、これから僕は初めて、北の大地の冬をむかえる。






 
 

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