馬を曳く技術
- ThorouGraph
- 2019年6月29日
- 読了時間: 2分
「あの時、何をしたのですか?」
マジシャンに種明かしをお願いするような質問をせずにはいられなかった。
馬のウォーキング動画を撮影する時、
厩舎スタッフが馬を曳いてカメラの前を左右に往復するのだが
馬が何かを気にして立ち止まったり、速歩になるのはよくあることだ。
その日も1頭の馬がある場所で繰り返し立ち止まり、スムーズな歩きがなかなか撮れない。
その様子を見ていた厩舎長が「少し時間をください」と、自ら曳き手となり数往復。
再び元のスタッフに戻して撮影を再開すると
今までが嘘みたいに、立ち止まることなくスムーズに歩いたのだ。
そこで出たのが冒頭の質問だった。
「馬が横にある厩舎の壁を気にしているように見えた。
だから敢えて壁の近くを歩かせて、スタッフが反対側を歩き壁から離れないようにした。
すると馬の力が抜けたのが伝わってきたから、『厩舎の壁は怖くない』と理解してくれた
と思ったんだよ。」
馬は草食動物で常に安心を必要としている。
食べることができる安心、外敵に襲われない安心など。
集団行動する彼らには常にボスの馬がいて、
そのボスが移動する方向や速度をコントロールし、他の馬は安心を得ている。
だから人が馬の良きボスになることができれば、馬に安心を与えることができる。
馬をよく観察し、馬の気持ちを理解し、馬を適切に扱う。
手品でもなんでもなく、技術なんだと思った。
7月に入ると馬産地では1歳・当歳馬のセリのシーズンをむかえる。
セリのサイトでは数百頭ものウォーキング動画を見ることが可能だ。
人が馬を曳いて撮影されたものだが、『曳く』という言葉が当てはまらないほどに
馬は人の横に並んで、一緒に歩いている。
私が撮影した動画の人の手をよく見ると
曳き綱をあまり握らず手の平に乗せて親指で押さえたり離したりしている。
「鎖の重みを利用する感じ。あとは手首のちょっとした角度で僕の意図を伝えています」
馬は敏感な生き物で、適切な指示を日々与えていけば精度はさらに上がるという。
ウォーキング動画は馬の体形や歩様をチェックする為のものだが
少し目線を変えて人も含めて注目して観てほしい。
撮影だと理解して歩いている馬はそうそういないはずなのに
人と一緒に自ら進んで歩いている。
そこに存在する、言葉ではない馬と人の会話と、日々の積み重ねを想像してほしい。
馬と人は心を通じ合わせることができる、と僕は信じている。
Comments